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適度な距離感

適度な距離感

新型コロナのために、人との接触・距離感を意識する日々が続いています。

マスクをして、消毒をして、距離を取って、できるだけキャッシュレス決済を利用して… 少しづつ 無意識に 習慣付いてきたとも思います。

そんな生活の中、ふと感じたこと「何だろう?この寂しい感じ…」

“寂しい” という表現は的確ではないと思いますが、でもそんな感じ。

言葉では表現しにくいのですが、以前と比べて何かが欠けている感じです。

生活様式(ライフスタイル)の変化による副作用なんでしょうね。

距離感への意識

感染防止(ソーシャルディスタンス)のために、どうしても物理的に人と人との距離が離れます。

人と人との距離が離れることによって、時には心と心の距離も離れてしまう(離されてしまう)感覚があります。

自身が感染しない・させないため、大切な人を守るためとはいえ、何だか…嫌な感じです。

無意識にならないことを意識する

私は久しぶりに会う人と握手をしたり、肩をポンポンする癖があります。自分では無意識ですが、よくやっているみたいです。

でも今は、意識的にストップしています。

無意識にならないことを意識しています。

とても面倒くさいです。

友人・知人に会っても、気軽に握手ができません。もし無意識に手を差し出してしまったら、拒否せずに握手をしてくれるかもしれませんが、その人が心の中で「(コロナ対策のこと)何も考えてないの?」と思うかも… と考えると、ちょっと怖いです。

意識をすればするほど、いつも通りの行動ができません。変に考えだすと止まりません。結果的にギクシャクします。

距離を取ることに意識すると、相手との間にどんどん溝ができる感覚です。

ちょっと考え過ぎかもしれませんが…

お葬式でのソーシャルディスタンス

お葬式も「少人数で」がとても増えています。いわゆる家族葬ではありますが、より少人数の家族葬です。

まず、私たち葬儀社の責務として、感染対策は可能なかぎり行うこと。ご家族・親族様の安全を確保すること。もちろん、自分たちも感染しないこと。

皆さん、コロナ対策にご理解くださり、協力してくれます。

でもやはり、呼びたい人を呼べない(呼ばない方が良い)状況に「少し寂しい…」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

今までの家族葬と少し違う

そして、同じ家族葬であっても以前とは少し違います。

本来、家族葬のイメージは「ご家族・親族がギュッと集まって、温かくお別れをするお葬式」という感じです。いわゆる3密(密閉、密集、密接)に近くなります。

でも今は、ソーシャルディスタンス確保のため座席の間隔をあけています

極端に言えば、葬儀場内の同じ空間に家族がいたとしても、座席が離れていて、一人でポツンと座っている感じ。実際に座ってみると、やっぱり違和感があります。

特に葬儀場の一番前に座ると、故人とお坊さんと自分、3人でお葬式をしている感じ。最後のご出棺時には、皆さんが集まってお花を手向けてお別れにはなるんですが…

座席が離れていると、一体感が薄れます。

物理的に距離が離れる。これは人によっては辛いと思います。

人が人に与える癒しの効果

急に話が変わりますが、人の手には不思議な効果があります。

お腹が痛い時、「手を当てる」と楽になる感覚を皆さん経験されていると思います。

痛みや不快に感じる箇所へ自然に手を当ててしまうのは、「手に癒やしの効果がある」ことを人間は本能的に知っているからだそうです。

病気やケガを処置する意味で使われる「手当て」ですが、昔は本当に「手を当てて」治療していた説もあります。人が人に触れるだけで、目に見えない効果が起こるって不思議ですよね

そして、手当てには「心(気持ち)への癒し効果」も絶対にあると思います。

辛い時や悲しい時、肩などに手を添えて(当てて)くれるだけで、気持ちが楽になることがあります。また、隣にいてくれる(存在を感じられる)だけで不思議と落ち着くこともあります。

「手を差し伸べる」「寄り添う」

文字にすれば簡単なことですが、そこに気持ちが加わると何かが伝わるんでしょうね。なんだかスピリチュアルな話になってしまいましたが、そういう事って確かにあります。

お葬式中に泣き崩れる人、そして寄り添う人。そのような光景はたくさんあります。

「悲しみを共有する」きっとそれで気持ちが楽になった人もたくさんいるはずと改めて思いました。

でもそれが、ソーシャルディスタンスの為に制限されるのがもどかしいです。

共有することの大切さ

何かを共有することって人生で色々あります。時間・空間・情報・財産・仕事、そして楽しさ・喜び・悲しみ。

同じことを経験することで、より楽しかったり、気持ちが楽になることも多いと思います。その後の人生にも影響する可能性もあります。

お葬式もその1つです。家族葬の場合、数人~十数人で悲しみを共有します。“みんなで見送る” それによって1人1人の悲しみも軽減されるはずです。

普段あまり意識をしませんが、人生って「人と何かを共有する」ことばかりなんじゃないかなと思います。

自分一人じゃないから、元気が出たり、苦しい時でも乗り越えられます。一人の時間も必要ですが、人は基本的に誰かと何かを共有したい、共有して欲しい生き物なのかもしれません。

でも、単に同じ場所に人がいればよい訳ではなく、「物理的な距離と心の距離」のバランスも必要です。

言い換えると、「適度な距離感」

適度な距離感は人それぞれで、その場その場、人と人によっても変わってきます。人はきっと感覚的にその距離感を調整しているんだと思います。

家族にしか分からない場合もあれば、友人にしか分からない場合もあります。お互いに合った距離感がわかる人、心を許せる人がそばにいるのはとても大切です。

MEMO
「オンライン中継」は、また違う感覚だと思います。利便性などは別として、私は同じ空間で人の存在を感じられる方が良いです。

共有感が弱くなる

「適度な距離感で、人と何かを共有する」 今まで普通にできていたことが、今はソーシャルディスタンスで制限されます。適度な距離感が崩れます。

同じ場所にいる、同じことを経験をしているのに、途端に共有感が弱くなります。

例えば、

  • 友人と映画を観に行ったのに、座席を2メートル離されたら一緒に映画を観た気分になりません。
  • 友人とご飯を食べに行ったのに、別々の席に案内されたら美味しさも半減します。

その他にも、細かな部分でたくさんあると思います。

コロナ対策は重要ですが、その反動で大切な何かが少しずつ欠ける気がします。

おまけ

ちょっと個人的な意見ですが、最近お店のレジに設置されている透明幕。透明なのに存在感がすごいです。

お互いの安全のためとはいえ「近寄るな」みたいな無言の圧力… 少し大げさな表現ですが、何とかならないのかなぁと思います。

いつか終わる

新型コロナ対策の日々が続きます。きっと長期間続きます。

慣れてきた部分もありますし、まだまだ怖いと感じる部分もあります。

瞬間、瞬間で意識をすれば、ソーシャルディスタンスは確保できます。でも、身体が自然に動くことを止めるのは難しいです。

泣き崩れている人へ寄り添おうとしている人に「離れてください」なんて言えません。やっぱり、家族や友人が傷ついたり・悲しんでいるのを見たら駆け寄ってしまうのは、人の本能なんじゃないかと思います。ソーシャルディスタンスなんて吹き飛びます。

意識的に「距離を取る」って本当に苦しいです。

もちろん感染予防は大切です。こんな世の中になってしまった以上、受け入れるしかありません。

でも、今まで自由だった「人と人との心地よい距離感」にコロナが入り込んでくるのがとても邪魔です。

時々、はぁ~っと気持ちが落ちる時がありますが、「いつか終わる」と信じています。その日が1日でも早く訪れることを心から願っています。

 

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